ユリアーモ体験記八日目 Oka Tago


『ことのはアムリラート』と「語学」をかける。その心は何だろう?

再度容赦ないユリアーモの授業が開始された。再び数字や基本的な挨拶などの予習を行い、一般的な会話を想定した定型文句の勉強も終えた。

実は一週目のころは見てもユリアーモの文面を見てもなぜそういうのかが理解できず、「何かあるんだろうな」程度の認識しかできなかったところがあった。そして、二週目にしてそのような疑問が氷解したところがあった。しかもそれはエスペラント語/ユリアーモにある程度の知識がないとわからない点ではないかと思うので、まずこれをプレイしながら紹介したい。次に、一週目に凜がおもしろいところに着目していたので、通りかかった縁でこちらもクローズアップしたい。

レイがなぜ冠詞をつけていたのか

まず”Administracio por Vizitantoj” すなわち、日本語では『ヴィジタント管理局』とでも言えばいいのだろうか?そこにお勤めしているレイさんのセリフ。恐らく一週目では大抵は何を言っているか本当に分からず、「??」な状態になるかと思う。個人的に着目していただきたいのは、ここで”La fama fraŭlino”とあるように凜のことを定冠詞付きで「あの有名な女の子」と呼んでいることだ。

定冠詞は往々にして、くっついた言葉を限定させる機能がある。劇中では確か「あの」というように訳されていたと思う。そして上でも「あの」を使って訳したが実は冠詞ワールドは奥が深く、どんな言語であろうとも「あの」と直訳で覚えることはオススメしない、というのが個人の考えである。冠詞はかなり奥深い。例えばドイツ語学者の関口在男という人は冠詞についての本を三巻編成で出版しており、冠詞の研究だけなのに総ページ数は二千ページを超えてしまう。それぐらいこの要素は複雑だと推察できよう。逆にこの定冠詞の深さを少しでも知ることにより「あの」という平坦な理解だけはない、奥深いレイさんの言葉の意味を知ることができるようになる。

冠詞抜きはストーリーを崩壊させる?

例えばここでもし冠詞がないとどういうことになるか想像できるだろうか?まず第一にここで重要なのが、凜を説明するために”la”が必要となる、ということだ。いわゆる「同格表現」というもので、「次に来る名詞を説明しているんですよ。次の名詞を確認してね!」というマークとして冠詞が使われるパターンである。例えばここでは「あの凛という有名な女の子」という文でいう「あの〜という」に相当する機能を果たしている。従って、ここでもし冠詞がなかったら、「この世界には凛という名前の名の知られた少女が複数いて、その中の一人かどうかをレイさんが確認した」というような形になるかもしれない。細かく言えば、凛という名詞が例えば「犬」や「車」のような一般名詞になってしまったように感じるかもしれない。そのため、文法的に意味がストーリーにそぐわなくなり意味がおかしくなるだろう。

第二に”la”の限定性について。冠詞がない名詞は多かれ少なかれ、情報が今まで出たことがないと考えられる可能性が出てくる。あるいは世の中にあるすべての中から何でもいいからそのうちの一つ、という無作為さがあると考えられる。従って、そうではないということはこの時点ですでに、レイが凜について心の中で”fama”かつ限定された情報になるまで聞かされている、ということが暗示されている。

さて、これは一体どういうことかというと…というのはストーリーを進めればよく分かるようになるので、ここでは敢えて言わない。愛の力(?)は恐ろしいものだ。いずれにせよ、ここで”la”が有る無しはこのシーンの深みとストーリーの時間的な長さに大きな影響を与えていると言える。

「大地の果実」のおはなし

ところで、語学で自分の知っている言葉の概念とまったく違う表現に遭遇すると思わず「えっ!」と驚いてしまうことがある。凜の場合はどうやら「ジャガイモ(terpomo)」だったようだ。

この単語を直訳すると「大地のりんご」となる。恐らくフランス語を勉強したことがある人はこの組み合わせを見て「さてはフランス語の”pomme de terre”から借用したな」と考えることだろう。フランス語も「大地のりんご」という意味の単語を使うからだ。そして、ザメンホフが書いた教科書の言葉の一つがフランス語であったことから、その推測は間違ってはいないだろうと考える。

ただ、ここでこの「大地のりんご」とは日本語でいう、すなわち「ジャガイモ」のことである、という理解を示すのはフランス語だけではない、ということはご記憶されたい。実は筆者が知っている範囲でいうと、現在の西欧には南アメリカのナワトル語由来の”potato”のように呼ぶ表現もあれば、「大地のりんご」パターンもあるし、第三には「大地の梨」のように呼ぶパターンもある第四にはドイツ語の”Kartoffel”みたいな変形パターンもある(こっちはキノコと関係する:キノコ系)。例えば二番目の表現に関して言えばフランス語だけでなく、オランダ語やドイツ語の方言でも「大地のりんご」という単語を使うことがある、ということは言語の歴史としても教養としても重要だと思う。

筆者はラテン語学者ではないので正確には言えないが、そもそもWikipediaを確認すると、ラテン語でも複数の呼び方が見られる。例えば”pomum”や”patata(新ラテン語?)”、それから”pomum terrestre”である。後者は形を見ればわかるように「大地のりんご」系である。

実はジャガイモがヨーロッパに現れるのは16~17世紀(1)なので、“potato”という単語は比較的新しい部類に入るのではないかと思う。例えばヨーロッパの中でも断トツの古さを誇るアイスランド語(千年くらい言葉の形がほぼ変わっていない)でもWikipediaによれば「大地のりんご( jarðepli)」、ないしはドイツ語の仲間の”kartafla”を使っている。従って、歴史的に古いのは恐らく「大地のりんご系」と「きのこ系」なのではないかと推測する。

りんごは「くだもの」

実は重要な点として、そもそもラテン語の”pomum”はりんごではなく「くだもの」という意味だったことが挙げられる。それが時が経つにつれ、「りんご」の意味に限定されていったと考えられる。一方で例えばヨーロッパとイスラム圏の狭間に位置するアルバニア語では、”pomum”に連なる単語”pemë”を「木」という意味に使っているようだ。このことから欧州太古の「くだもの」は文化圏ごと、言語ごとに異なった変化を遂げていったと言える。

冤罪のはじまり

それでは「りんご」そのものはラテン語では何といったのかというと古代ローマ世界では”malum”と言っていたようだ。この単語の頭の”mal-“はピンと来る方もいると思うが、ユリアーモ/エスペラント語の”mal-“とも関係している。
実はヨーロッパの文化史においてこのくだものは最上級の冤罪をなすりつけられていると言えるだろう。聖書の有名な逸話で「アダムとイヴが禁断の果実を食べる」というシーンがあるのだが、挿絵や絵画では禁断の果実をりんごとして描写していることがある。実はラテン語では少なくとも「りんごを食べた」とは書かれていない。例えば

de ligno autem scientiae boni et mali (然して善悪の知識の木から)”

というように書かれているが、りんごのことではない。誰が言出屁かはわからないが、この”mali(悪の)”という単語を「りんご」が変化した「りんごの」という形の単語と勘違いし、誤訳したことから欧州の文化に「禁断の果実=りんご」という認識が広まったとされる。まさに冤罪である。

りんごは「めろん」?

ちなみに文献不明のWiktionaryにて語られている話をまとめると、”malum”をさらに遡ると古代のギリシャ語の”μῆλον(くだもの)”と関係があるとされる。どうもこれはメロンの語源とも関係しているだけでなく、この単語が例えばヒッタイト語の”mahla(ぶどう)”とも関連していることから、どうやら欧州の「りんご」はギリシャ語という言葉が成立する前の古代の地中海世界の起源ではないかと考えられるらしい。とても壮大な話になる。できたら古典ギリシャ語語源辞典が欲しいところだ。

語学は禁断の果実?

『ことのはアムリラート』と「語学」をかけて、その心はなにかと問われれば「禁断の果実」かもしれない。

Twitter上で確認できるが、『ことのはアムリラート』をプレイしたことによりユリアーモからエスペラント語自体にも興味を持っていただいた方もちらほらと見られる。人によってはガチでエスペラント語を勉強した上でユリアーモで二次小説を書いてしまうつわものもいらっしゃるようだ。上記でお話を書いてきたように本当に好きな人はずるずるとその世界にはまり込んでしまう。また、同時に熱心なプレーヤーの方がルカを籠絡したいと思うのであれば、否が応でもユリアーモを学ばないといけない。両方ともある意味ではかじったら最後、とことんやらないといけない禁断の果実ルートなのである。

聖書で禁断の実を食べたアダムとイヴは追放という楽しい終わり方を迎えなかった。筆者も一週目ではネット上で語られるいわゆる「ブランコED」で、非常に心が晴れない終わり方を迎えた。そのため、二週目ではより幸せなエンディングを迎えられたらいいと願ってやまない。そのため、現在は再度レイさんからもらった不定詞の勉強を黙々とこなしている。

というか、レイさんルートはあるのだろうか?
黙々。

画像の著作権はSukera Sparo様に帰属致します。

(1)伊藤章治『ジャガイモの世界史』中公新書(2008)

(イベント/Okazaĵo)グローバルフェスタ en Odajba

グローバルフェスタJapan2017 9/30-10/1 お台場にて

日本エスペラント協会ブース(ブルーエリアB18) では、随時
「エスペラント語5分講座」をやっております。お気軽にお立ち寄りください。

>公式ホームページ:2016年度の様子
10月1日(日) 14:00—14:30/ 活動報告コーナー Eでは以下の小講演を行います。



「マダガスカルの歴史・文化・教育ーー
茨城大学留学生 Fafah が語る夢と希望」
(エスペラント語/ 日本語通訳付)
2017年3月に、マダガスカルから留学生として来日したFafah。彼女は、母国に夫と幼いお子さん2人を残して日本への留学を決意しました。
大学での勉強の傍ら、国際語エスペラントを通じて、日本人や日本に住む外国人との幅広いネットワークも持つ彼女は、マダガスカルの魅力や、教育にかける熱い思いを各地で語ってきました。

このグローバルフェスタでも、そんなエネルギッシュなFafahの話をエスペラントを通じた活動報告の一環として、多くの方々にお届けしたいと思います。
http://gfjapan2017.jp/outline.html

 

ユリアーモ体験記七日目 Sepa Tago

ユリアーモの文字にも慣れてきた。さすがに二周目だからか文字にも抵抗がさほどなくなり、以前よりも軽快に読み解けるようになった。凜がユリアーモの文字を多少、和製人工言語「ボアーボム」のように読んでも驚かない。まさに強くてニューゲームの状態といえよう。

ユリアーモとエスペラント語の違い

一週目が終わりエスペラント語をかじっている人間として、このゲームの中で使われている「ユリアーモ」についておおよそわかったことがある。エスペラント語と比べて、ユリアーモがどれほどエスペラント語と離れているのか、というは理解できた。完全に攻略してはいないので、今のところ得られた感覚にとどめるが、おおよそ下記の通りだと思われる。

1)エスペラント語とユリアーモは「ほぼ」同じ;
文法や発音規則などは一緒
2)それぞれお互いに独自の文字を使っている
3)一部エスペラント語と違う意味で用いる単語がある;
それは大抵「ことのはアムリラート」の専門用語である

特に冒頭で言及したように、文字の違いは言葉の理解に大きな影響を与えており、エスペランティストであってもユリアーモの読解には幾らかの時間が必要であろう。この差を埋めるために、Sukera Sparo様がホームページで公開しているフォントのzipについてくる資料が役に立つ。

エスペラント語のプロトタイプ時代

そもそも、エスペラント語の文字はもともと、今のユリアーモに綺麗に対応できる形で誕生したわけではなかった。実はエスペラント語には「プラエスペラント」と呼ばれている時代がある。それは専ら、エスペラント語が生まれた1887年以前を指す。

その時代の頃の綴りはどういうものだったかというと、現在のエスペラント語とはあまり似ていない。例えば1881年のザメンホフのプロトタイプの人工言語にはdźやśのようなポーランド語のアルファベットが使われており、現在のエスペラント語とはかけ離れている。また、エスペラント語版のプラエスペラント語のページによれば、その当時人工言語業界に一斉を風靡していたヴォラピュクの影響があると見られる上に、ロシア語やポーランド語といったスラヴ語系の要素が今よりも一層強かったようだ(1)。今のエスペラント語はなかなかに難産であったことが伺える。

ヨーロッパ諸言語の綴りの「バベル性」

ところで、現在のエスペラント語はといえば、プラエスペラント時代と比較すれば分かる通り、”「一音一字」になっている(2)”。が、よく見てみるとエスペラント語は見慣れない独自のアルファベットを採用している。疑問に思われたことがある人もいるかもしれないが、なぜ英語と同じようなアルファベットを採用しないのだろうか。ザメンホフがこの点について言及した資料は知らない。しかし、大方次のような理由だと予想できる:同じ文字を使うヨーロッパの諸言語ですら文字とそれに対応する発音が言語間で一致していないからだ。

例えば英語の”w”はエスペラント語の”ŭ”に相当するが、ドイツ語やポーランド語では”w”はエスペラント語でいう”v”の音を表すことが普通だ。また英語のアルファベットの”j”はドイツ語であれば英語の”y”の音になるし、スペイン語で”j”はエスペラント語でいう”ĥ”の音を表す。またドイツ語の”u”に相当するフランス語のアルファベットは”ou”であるように、言語によっては一つの音を表すために複数のアルファベットを組み合わせているケースもある。このようにヨーロッパの中ですらバベルの如く、文字と発音は言葉によって違っているのである。それならば多少の記号をつけてもいいから、「一音に集約して、これは絶対にこの音を表す!」と決めてしまった方が効率的と思えないだろうか?

今でこそ飛行機やインターネットが発達してしまっているので、エスペラント語の使用者として世界のあらゆる言葉とその民族を意識した場合、「本当に中立な言葉なのか?」と疑われてしまうのは仕方がないと思う。しかし、130年前のヨーロッパだけという言語環境を考えると、エスペラント語というのはそれなりに良くデザインされた言葉、と考えられないだろうか。

プレイに戻って

「ユリアーモ」がなぜそういう名前なのか、ということもストーリーでは語られていた。しかし、それは個人でのプレイ中に楽しんでいただく内容なのでここでは控えよう。以前と比べて、看板の文字がユリアーモで書かれていてもどぎまぎすることは減ったのだから、より一層「ことのはアムリラート」の世界に没入できることを期待したい。

(1)Pra-Esperanto https://eo.wikipedia.org/wiki/Pra-Esperanto#cite_note-CK-1
(2)藤巻謙一(2012)『改訂版 まるごとエスペラント文法』日本エスペラント協会

画像の著作権はSukera Sparo様に帰属致します。

 

 

Like a Native Kiel Denaskulo

ノートにかりかりと書きためたオリジナルの言葉のアイデアが、いつか誰かの母語になるなんてことを、クリエイターが考えたことはあったのだろうか。

エスペラント語は当初、誰しもの第二言語として、文化間、民族間の橋渡し言語としてデザインされた。しかしながら、その一方で世界にはその言葉を第一言語としてしゃべる人が存在している。エスペラント業界ではそのような人たちを”Denaska Esperantisto(生まれながらのエスペランティスト)”と呼んでいる。Youtubeではそのような人たちの生活を垣間見ることができるショートームービーがある:

ウィキペディアのエスペラント語版の中には、ある一定の知名度を誇る人たちだけだと思うが、「生まれながらのエスペランティストのリスト」なるページも存在している。

──エスペラント語の第一言語としての発展は歓迎されるべきか?

このテーマはしばしばエスペランティストたちの議論の対象になる。第一言語として使える人が生まれるということは、エスペラント語が「言語として」より完成していることの証明であると喜ぶ人もいるだろうし、母語話者の存在はエスペラント語の中立性を阻害していると眉をひそめる人もいるだろう。

ただやはり一番大変なのは偶然であれ、恣意であれ、自分の頭の中の言葉が全てエスペラント語になった子どものほうだと思う。近所の他の子どもと遊ぶ時など、エスペラント語が第一言語の子どもは、恐らくまず周囲で話されている言葉を「勉強」しなければならないだろう。両親は子どもをエスペラント語を話す人の集会に参加させたり、エスペランティストを家に泊めたりして子どもの言語能力の向上や維持に努めるのであろうが、それって結局「親の心子知らず、子の心親知らず」になり、子どもがグレてしまうのではないかと考えてしまう(その上、はたしてグレた子どもはグレた子どもの共同体に参画できるのかどうかも怪しい)。

育児に関する机上の想像はどうあれ、ここでクローズアップされている人たちはエスペラント語が母語であることをネガティブには捉えていないようであるが、人々の想像を掻き立てる現象であることは間違いない。

ユリアーモ体験記六日目 Sesa Tago

一体どこでボタンを掛け違えたのだろうか。いつも最上の選択をしてきたつもりだった。自分の善意に忠実に選択してきたはずだった。しかし、その終わり方はあまり晴れ晴れとしない。この心の中のわだかまりはなんなんだろうか。凜の表情は冴えない。心には影。しかし、もう戻れない。凜は大切なものを棄てる選択をしたのだから…

プレイ日記六日目にしてとうとう一つのエンディングを迎えた。しかしながら、何かが悪かったようで大円団とはならなかった。もしかしたら掛け違えたボタンは唯一間違えた「ボール」だったのかもしれない。あるいは体の部位の勉強で触りすぎてルカの好感度が下がるフラグが立ってしまったのかもしれない。色々思うところはあるが、ハッピーエンドを期待していた筆者にとって、しこりが残るエンディングを迎えたのは意外だった。凜と私は単なる道化に過ぎなかったのだろうか。

この結末を迎えて頭に浮かんだのは次の言葉だ。ハムレットの『マクベス』の有名な台詞である。散々努力した結果、エンディングでは予想していた結末と違っていた、という想いからだ。

消えろ、消えろ、つかの間の燈し火!
人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。
あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、
みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのとまりは消えてなくなる。
白痴のおしゃべり同然、がやがやわやわや、すさまじいばかり、
何の取りとめもありはせぬ。
(シェイクスピア、福田垣存訳『マクベス』新潮出版,1969)

ところで、エスペラント語ではどうなのだろうか。エスペラント語版は1908年にイギリスでダニエル・ヘンリー・ランバートというエスペランティストが初期の近代英語からエスペラント語へ翻訳している。彼は英国エスペラント協会を設立した初期メンバーの一人でもある。翻訳したものはグーテンベルク・プロジェクトで掲載されている。

Mallongviva
Kandelo, estingiĝu! Ĉar la homo
Promenas kvazaŭ moviĝanta ombro,
La rolon ludas de aktor’ mallerta,
Sur la scenej’ ne longe grimacanta,
Kaj poste malaperas. Homa vivo
Nur estas la rakont’ de malsaĝulo,
Freneze sensencaĵojn krieganta
Sen ritmo kaj sen celo.

そしてグーテンベルク・プロジェクトに載せられているシェイクスピア原文は下記の通りである:

Out, out, breefe Candle,
Life’s but a walking Shadow, a poore Player,
That struts and frets his houre vpon the Stage,
And then is heard no more. It is a Tale
Told by an Ideot, full of sound and fury
Signifying nothing.

ランバートがシェイクスピアをどれくらい研究したのか筆者は知らない。しかしながら、例えば日本語と英語を比較すると、日本語訳は英語原文をよく意識されていることが、例えば”out,out”の繰り返しなどから分かる。

一方でランバートのエスペラント語の翻訳はよく分析されているが、説明くさい。説明的な翻訳が目につくのである。例えば”Life’s but a walking Shadow(人生とは然し歩き回る影である)“という文はエスペラント語では、どういういわけか”Ĉar la homo promenas kvazaŭ moviĝanta ombro(何故なら人はあたかも動きまわる影の如く歩くからだ)”とされており、原文の暗喩の美しさが失われてしまっている。このセリフは劇の重要なセリフであるとともに、ニヒリズム的性格の思想が見え隠れする、作者シェイクスピアの人生観を表すものと考えられる。そのため、このランバートの訳の評価は厳しいのではないだろうか(想像だが、この人は劇場に足を運ばず、机の上で本だけを見て、初期英語の辞書を引きながら頑張って翻訳を進めたのかもしれない)。

しかしながら、文学の翻訳活動は初期のエスペラント語文学にとって重要なことだった。何故ならエスペラント語はその特質から、古英語の『ベーオウルフ』や日本の『古事記』のような民族を母体とした文学作品が発生し得ないからだ。従って、自分で作るしかない。

方法は二つ:一つはオリジナルを作ること。実際、初期(19世紀後期)のザメンホフを筆頭とした最初期のエスペランティストたちは、ザメンホフの最初のエスペラント語詩”Ho mia koro”のように、自分で詩作を行っていた。二つ目は上記で述べられてきた翻訳だ。例えばザメンホフはUnua libroの頃から『ハムレット』やハイネの詩、『聖書』の翻訳に精力的だった。世界の文学をエスペラント語に取り込むことにより、エスペラント語がより進化すると考えていたのかもしれない。

そのような流れの中でイギリスからランバートの『マクベス』が出てきたのであれば、エスペラント語の文学史として評価に値するものではないのだろうか。

最近ではありがたいことに『ことのはアムリラート』が話題に上ることが多く、二次創作小説も少しづつ増えてきた。日常的にエスペラント語(ただし、ユリアーモ文字だが)を見かけるようになったのは嬉しいことである。これは単純に「ことのは」ファンによる同人作品という一点で捉えることもできれば、エスペラント語をより進化させるための活動になるのではなかろうかと思案することもできる。そのような意味で、私たちはエスペラント語の歴史の最先端を歩んでいるのである。

さて、ハッピーエンディングはあるのか探さねばなるまい。やはり一線を越えず、プラトニックな関係を続ける選択をしてみようか。また冒険に出かけよう。凜をマクベスの言う”あわれな役者”にさせないために。

*ユリアーモ変換プログラムは夏野すぐる様に使用の許可を頂きました。感謝申し上げます。
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(イベント/Okazaĵo)第25回ザメンホフ祭 en 東京

12月は毎年恒例で行われているザメンホフ祭(Zamenhofa Vespero)の時期です。
エスペラント語を作ったザメンホフ博士の誕生日(12月15日)を祝うため、各地で様々な催しが企画されます。上部の画像でわかるように、Googleですらこの日はロゴを変えて祝ってくれることもあります。

ザメンホフ博士の誕生日のお祝いといっても「博士万歳!エスペラント万歳!」を三唱するような偏ったイベントではありません。下記のようなゲームをして、参加者でエスペラント語を見聞きして楽しむだけのささやかなイベントです。

参加者は年度によって変わりますが、30~60人程度の規模です。
初めて参加する人は自己紹介コーナーで自己紹介していただきます(日/エスどちらでもOKです)。日本人だけでなく、エスペラント語をしゃべる外国人がふらっと参加していることもあります:
ポーランド、デンマーク、ドイツ、イスラエル、ベトナム、韓国等。

イベント内容については下記をご参照ください。お問い合わせや質問は弊団体ではなく、下部の問い合わせ先にお願い申し上げます。初めての方はJEJの案内を見た、と言っていただければお話がしやすくなると思います。

エスペラント語関係のイベントは全体的に玄人向けですが、ザメンホフ祭はその中でも初心者の人が参加しやすいイベントだと思います。あなたも気軽にサルートンしてみませんか?

第25回エスペラント祭のご案内
―Zamenhofa Vespero―

今年は、交通に便利な池袋で、利用開始したばかりの施設で開催します。
ぜひお出かけください。

日時:2017年12月3日(日)13:30-16:45
会場:IKE Biz としま産業振興プラザ 6階 多目的ホール
池袋駅 西口徒歩10分、南口徒歩7分
http://www.toshima-plaza.jp/

会費: 1000円、500円(学生、障がい者)
主催:都区内エスペラント会連絡会(池袋E会、新宿E会、杉並E会、調布E会、西日暮里Eクラブ、目黒E会、三鷹武蔵野E会、ロンド・コルノ)

主なプログラム(予定)

言語当てゲーム
日韓大会案内
新刊「木かげの家の小人たち」の紹介
コカリナ演奏+紙切り (池袋E会)
テーマ別懇談:
「エスペラントで話そう」「パソコン」「学習相談」「世界のことば」
などを予定
他に: 新人紹介, 本の紹介

問合せ先
電話03-3982-2243 (千葉俊介)
電子メール: tokunai@1.nifty.jp

 

画像転載元:
https://www.google.com/doodles/150th-birthday-of-ll-zamenhof

ユリアーモ体験記五日目 Kvina Tago


司書さんのレイさんが涙を流した。

ちょっとしたことで二人っきりでユリアーモを教えてもらうことになった。ルカとは違い、コミュニケーションが取れることが幸いし、物語がスムーズになったように感じる。恐らくそれは筆者だけでなく、圧倒的な文法の練習や単語の波に押し流され、溺死しようになっているプレイヤーの方々にも彼女のレクチャーは本当に貴重なものになっているに違いない(多分、もしレイルートがあるとしたならば、ここでルカからルートを乗り換えようとした人もいるだろう)。

そして、文法だけでなく、『ことのはアムリラート』の世界の全容が徐々に明らかになってきた。どのような世界なのか、レイさんは何者なのか、ユリアーモとはなんなのか、「エスペラント」とは何なのか。いろいろあるがここでは多くを語るまい。

そして、レイさんが泣いた理由。貴方がその理由を知るためには、鬼のようなレッスンを乗り越えるしかないのだ…!

あとゲームがどれくらい続くのかは分からない。ここで私たちができることはレイさんが教えてくれたユリアーモを一生懸命に復習し、バッドエンドに持ち込まないことしかないだろう。


例えばレイさんには不定詞を教わった。不定詞といえばありていに言うと辞書の見出しに載る動詞の形のことだ。英語の授業でももしかしたら”to 不定詞”というような名前で教わっているかもしれない。

オックスフォードから出ているP.H.Matthewsの『簡約言語学辞典(Concise Dictionary of Linguistics)』の説明部分の一番頭の部分にはこう書いてある:不定詞とは「他一方の動詞に従属する他の構造に置かれているか、あるいはある節で特徴的に用いられる”定まっていない”動詞の形のことである」とのこと。うーん、説明したいのか説明したくないのか。

なぜ「定まっていないこと」がこんなに強調されるのか?「不定詞」については次のように考えられる。第一に、エスペラント語の基となったヨーロッパの言葉の動詞と日本語の動詞との根底的な違いは、話し手の情報が動詞の形に含まれているのが大きな違いだと考える。例えばいわゆる「人称」、すなわち「誰がしゃべっているのか」や「その人は一人なのかたくさんいるのか」ということはヨーロッパの言葉の変化には強く影響するが、日本語でそれらについて動詞の形から読み取るのは難しい。すなわち、ヨーロッパの言葉の動詞にはそのような情報が組み込まれているのが当たり前なのである。一方で、いわゆる「不定詞」は形を見ても動詞であること以上の条件が全く読み取れない。どこの誰で何人が主語なのかパッと見て分からず、人についての情報が定まっていないように見える。このような観点からすると確かに「不定」な言葉と呼ばれるのも納得がいくのではないだろうか?

さて、レイさんが解説してくれるように、不定詞の一番大きな使用法は日本語でいう「〜すること」という意味に使うことだ。例えば:

Paroli“「しゃべること」

…というように。これに目的語もつけらえる。そして「〜は〜である」を意味する”estas”を組み合わせると、例えば次のようになる。

Paroli Juliamon estas interese*” 「ユリアーモをしゃべることは興味深い/おもしろい」

…となる。

二番目に、といっても一番目と同じくらい使用頻度は高いのだがいわゆる「補語」として使われることも多い。主語や目的語の補足説明のために置かれる単語のことである。例えば:

1.Mia hobio estas legi 「私の趣味は読むことだ」

さらに一番でも例文で触れられているが目的語もつなげられる:
2.Mia hobio estas legi libron 「私の趣味は読書/本を読むことだ」

上記の場合、主語について補完説明を行っていることが分かる。次は目的語の補語のパターンだ。

3.Mi vidis lin aĉeti videoludon “Kotonoha Amrilato”, kvankam li estas maljunulo.
「年配者にもかかわらず彼が『ことのはアムリラート』というゲームを買っているのを目撃した」

この場合は太線が”lin(彼を)”を説明していることが分かる。
このほかにもまだまだ不定詞については語らなければならないこと(目的語になることとか前置詞とくっつける等)があるのだが、今回は一旦筆を置こうと思う。しかしながら、不定詞を上手く扱えるようになればエスペラント語での表現力は大きく向上する。レイさんを攻略する前に不定詞をまず攻略するといいかもしれない。

*ユリアーモ変換プログラムは夏野すぐる様に使用の許可を頂きました。感謝申し上げます。
*掲載許可はSukera Sparo様に頂いております。画像の著作権はSukera Sparo様に帰属致します。
*修正致しました。「interesa→interese」。誤字失礼致しました。

Esperanto-muziko エスペラントの音楽

そもそもの問題になるが、エスペラント語はそれ独自の文化を持っていいのか、という疑問が筆者にはある。というのも、あくまで他の文化を理解するためだけのツールが独自の、他から離れた独自の文化を形成する、ということが矛盾しているように思えてしょうがないからだ。

とはいえ、エスペラント語のどこの国や民族にも属さない無籍国感、異質感、人工物感の魅力に抗えないアーティストはやはり存在している。例えば初音ミクのボーカルの歌詞の言葉として採用されることがあるのはぼちぼち知られていることだと思う。私は音楽に詳しくないので僭越だが、少し知っているエスペラント語のミュージシャンについて触れてみようと思う。

ロボットであるミクに人工言語であるエスペラント語で歌わせるというのは想像しやすいことだと思う。だが、実際に生身の人間がどれだけエスペラント語で歌を歌ったりしているのか。真面目にPVを作っているアマチュアではない人もいる。いや、この際アマやプロは関係なかろう。エスペラント音楽には「やったか、やらないか」しかないのではなかろうか。

例えばスウェーデンではこういう人がいる:Martin Wiese。彼はPersoneというエスペラント・ロックバンドでも活躍する建築家兼音楽家でもある。1986年からずっとPersoneで音楽活動に関わっている。例えば次に紹介するのがPersone。その次が彼のソロプロジェクトである。

また、エスペラントのレゲエ、といえば言及せざるを得ないのが、ドイツのJonny Mである。彼はどちらかといえばごく新しい方のアーティストに分類されるが、エスペラント語のヒットソングメイカーとしての実績を着実に積み上げている。

どのような実績の人かはよく分からないのだが、セネガルのラッパーの人もいるようだ。

さて、ここまで緩やかな音楽が多いかったように思う。ポップ、レゲエ、ヒップホップのようなオーガニックな音楽が多い、と思ったら大間違い。ブラジルにはエスペラント語を使ったヘビーメタルバンドもいる。BaRok’ Projektoというバンドだ。こういうのをメロディアスメタルというのだろうかそれともややドラマチックなのでシンフォニックメタルと呼んでいいのだろうか?その境界は筆者にはよくわからない。

個人的にははやくエスペラント語のブラックメタルが出てきてくれないかとも思うのだが、まだ時代が早すぎるのかもしれない。しかし、すごいこととしてはここまで紹介されたアーティスト(ミクを除き)全て違う国の人なのだ。文化も民族も言語も違う人たちが一つの言葉だけを使って、才能を発揮させているのはすごいことだと思う。さて、お気に入りの音楽は見つかりましたか?

ユリアーモ体験記四日目 Kvara Tago

 

さて、ついに四日目にして単純な疑問文が登場した。凜も「これは何ですか?」という質問に対して「これはXXですか?」という答え方を学んでいく。そのため、プレイヤーも野菜や料理の道具の名前を覚えなければならない。個人的にはエスペラント語を使って料理した経験が浅いので、調理器具の名前を幾分か勉強できたことに満足している。「ボール」でつまづいてしまったのは内緒の話だ。

なんで”Ĉu”を頭につけるのか?実はこの”ĉu”はけっこう奥深い。

まず英語と違いエスペラント語がなぜ”ĉu”を使うようになっているのかは明快だ。何故ならそれはポーランド語の構造を真似ているからと考えられるからだ。というのも、ザメンホフが1887年にエスペラント語の教科書を書いた言語の中でこのような構造を持つ言葉はポーランド語しかない。その上、ポーランド語はザメンホフの故郷ポーランドの言葉だ。この2点からその可能性は大きいと思われる。

さて、下記に主な使い方を対比させた。

■エスペラント語/ユリアーモ
Ĉu vi parolas en Juriamo?
(あなたはユリアーモを話しますか?)

■ポーランド語
Czy mówisz w juliamo?
(あなたはユリアーモを話しますか?)
*ポーランド語では動詞の形で誰が話しているかわかるので”vi”は省略されている

ただしかし、なぜザメンホフがこの重要な部分にポーランド語の構造を取り入れたのかはわからない。多少なりとも、自分の祖国の名残を残したかったのではないのか、と想像してしまう。

ところで、ポーランドを含めたバルト海の沿岸諸国の言葉は、いわば「Ĉu-文化圏」と言えるだろう。すなわち単純な疑問文には頭に何かしら、ĉuに相当する単語を置き、平常文か疑問文の区別をつける構造になっている。例えばウクライナ語は”чі”、エストニア語は”kas”のように(しかしながら、なぜかエスペラント語の改良版「イド」ではKa(d)になってしまっている)。

このように”ĉuは”単純にエスペラント語の疑問文のパーツであるだけでなく、見方によってはザメンホフの郷土性について論じる素材にもなり、またポーランドだけでなくヨーロッパのバルト諸国という地域を論じるためのヒントにもなるのだ。このような意味で”ĉu”はとても奥深い。

プレイヤーの方々にも是非、歴史の重みを込めながらエスペラント語/ユリアーモで質問してほしい。

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