ユリアーモ体験記二日目 Dua Tago

“あれ?『パルドーヌ』じゃなくて、『パルドーノン』なの?”というシーンに遭遇した。主人公、凛の何気ない疑問に見えるが、実はこの『パルドーノン』の『〜ン』はエスペラント語にとって大きな役割を果たしている。

このパルドーノンをエスペラント語で書くと”Pardonon”となるが、これは”pardono(許し)”という単語に”-n”がついた形となっている。これでエスペラント語では「ごめんね」という意味になる。

この”-n”は何かと言うと、文法用語では「対格」と呼ばれている。日本語でいうところの「〜を」に近い。エスペラント語では目的語を基本的に語尾に”-n”をつけるかつけないかで見分けているのだ。

例えば次のような文をエスペラント語で考えてみよう。

「私はりんごを食べる」

この文を訳すと下記のように書く人がいるかもしれない。

“Mi manĝas pomo”

これは実に惜しい。ルカのユリアーモの言葉でいうのならば「プレスカゥ トラーフェ(ほとんど正解だけど…)」であろうか。なぜかというと先ほど述べた”-n”が入っていないからだ。ノーマルに”-n”をつけるとしたら、次のようになる:

“Mi manĝas pomon”

これで一体何「を」食べるのか明らかにすることができた。ただし、つける場所を間違えてはいけない。例えばここで”min manĝas pomo”にすると「私をりんごが食べる」と何やらりんごに人間が捕食されている意味となり、ホラーになってしまう。

実際はこの”-n”には対格の他にも意味があるのだけれども、それはここでは言及しない。それが上記で「『〜を』に近い」と書いた理由なのである。

ところで”-n”は重要な存在であるが、ベテランのエスペランティストでもうっかり”-n”を付け忘れてしまうことがある。筆者もわりと頻繁に書き忘れてしまう。
エスペラント語から派生した別の人工言語群の一つにイドという言葉があるのだが、イドではこの語尾の”-n”は普通、使わないので、このようなミスばかりを繰り替えすと「お前はいつからイディストになったのか」と揶揄されるときもないわけではない(筆者の経験から)。

ヨーロッパの言語の多くは「格」と呼ばれる構造を持つ。言って見れば日本語の「てにをは」である。日本語は体言の最後に「てにをは」をつけるが、ドイツ語やロシア語、ザメンホフの故国のポーランド語は単語に「てにをは」をつけるのではなく、単語自体が変化して「てにをは」を表す構造になっている。
かつて筆者は日本エスペラント協会を訪れたウクライナ系スウェーデン人から、この”-n”のアイデアはドイツ語から借用されてきたと聞いたことがある。確かにドイツ語の定冠詞の男性形の対格、伝統的な文法でいうと「4格」は例えば”den”で、”-n”終わりである。

このように『ことのはアムリラート』にのユリアーモの語尾の「ン」は言葉として非常に大きな役割を果たす一方で、ヨーロッパの言語の長い歴史も共有している。

ところで、ゲーム本編の体験記としては初めて内容に触れる形となるけれども、それにしてはサムネイルがサービスシーンのようなところになっているのが読者の関心を引くのではなかろうか。気にしすぎるのはいいが、プレイヤーの皆さんにはそれと同じくらい”-n”にも注意を払っていただきたい。おそらく語尾に「〜ン」をつけるかつけないか、というようなクイズを出題される気がする。

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